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2011年7月 3日 (日)

見えない被災者

石巻に、にじいろクレヨンの支援物資を置くためのプレハブ倉庫を貸してくれるという
高校時代の同級生がいます。

彼は津波で、湊小に避難しました。
一週間以上、飲み物と食べ物が届いてなかった避難所です。
だから、そうとう大変な思いをしていたはず。


倉庫は、彼の経営する会社の事務所のある渡波に置かせてもらうことになりました。
その彼は、数年前に家を建てました。北上川沿いのまんが館の近く。
お洒落で素敵なお家でしたが、津波で被災しました。
見た目は大丈夫そうですが、床上浸水し、周りのコンクリートの塀も崩れています。
掃除もして、一応は住むことも可能だそうですが、地盤沈下のために近くの川の水が危険。
そして、裏山の崖も地震の影響で崩れてきているそうです。

もし、そのまま住んでいて、また津波が来たら、自分だけならなんとでも逃げることが出来るけど、
小学生のこどもを連れて逃げることは難しいだろうと判断した彼は、家族を連れて事務所暮しを続けています。
社員さんも20人くらいいるそうですが、当然事務所には毎日社員さんがいらっしゃいます。
その夫婦やこどもたちは、プライベートもありません。

そこのこどもたちとお友達にも来てもらって、
先日、ぷちにじいろクレヨンを私の独断で敢行してきました。
子供は全部で7、8人かな。

見えない被災者。

そういう、見えないことがある。
行政からは認識されない危険や避難生活を強いられている人々が大勢いる。
親戚の家に居候していたり。自分の家でも2階しか使えなかったり。


そこのこどもたちは、風邪ぎみの子もいたり、元気な子もいたり様々でしたが、
外でみんなで遊ぶのはとても楽しそうでした。
きっと、エネルギーが余っているのでしょうね。たくさん我慢もしているでしょうに。

そして、知らぬまま遊んでいたのですが、
その中にいた女の子のまーちゃん(仮名)は、親御さんを震災で亡くされておりました。
まーちゃんは母子家庭で、お母さんを亡くされました。
いまは、お祖母さんのところで生活されているそうです。
私はなにも分からず遊んでました。


私たちは、はっきり言ってまーちゃんに何もしてあげることはありません。
でも見守り続け、寄り添い続けることは出来ます。
何も出来なくとも一緒に遊ぶことは出来ます。
何も出来なくともわずかな時間だとしても、この活動を続けていく限り、
一緒に居続けることが出来ます。

私は、このにじいろクレヨンの活動を十年続けようと決心しています。
みなさんのお力をいただき、少しづつですが広めて続けていきます。
みなさんに感謝です。

そして今回、まーちゃんと私を引き合わせてくれた同級生に感謝しています。






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コメント

たしかに見えてること(報道などで目にしてること)ばかりではないのですね、見えてないことがどんなにかたくさんあるのでしょうね。  報道ではどうしても明るい兆しを取り上げがちと思います。 そこからこぼれてる沢山の見えないことに、私たちも思いをはせないといけないのでしょうね。 
先生がこの活動を10年は続けるつもりとおっしゃってることに感動しました。 少しずつではありますが、細く長く応援できたら、と思っております。 子供たちの笑顔は何物にも優ると思うからです。

寄り添ってくれる人がいるというのは、かけがえのないことですね。
家の外でも自分でそう選んで寄り添ってくれる人がいるというのは、とても大きな意味を持つと思います。
こどもたちに寄り添ってくれてありがとう!

すばらしい! とても立派な決心だと思います。十年長いですが、自分も見守り支援させて頂きたく思います。子は国の宝です。子供達の未来のために今の大人達は、最大限努力しなければならないと思います。二児の父

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